おかげさまで、『5M Vol.04』は完売致しました。増刷・通信販売・委託などについては後日アナウンスできると思います。本サイトをチェックして頂ければ幸いです。

『5M vol.04』に記述のミスが見つかっております。お詫びとともに以下のように訂正いたします。


初版

P6
×「ヒューマノイドインターフェイスは学園生活の夢を観るか」
○「ヒューマノイドインターフェースは学園生活の夢を見るか」

P6
×「弱者の癒学 第3回 孤独の円環、愛の連鎖」
○「弱者の癒学 第3回 孤独の円環、愛の連環」

P21左
×「メディアワークス」
○「アスキー・メディアワークス」

P21右
×「『生徒会のヲタのしみ』」
○「『生徒会のヲタのしみ。』」

P22タイトル
×「~2004年春」
○「~2004年」

P24タイトル
×「2004年夏~2005年秋」
○「2004年~2006年」

P24左
×「きゆづきさとこ『棺担ぎのクロ。?懐中旅話?』(き.0604)」
○「きゆづきさとこ『棺担ぎのクロ。~懐中旅話~』(き.0604)」

P24左
×「長月みそか『HR』(きC.0611)」
○「長月みそか『HR~ほーむ・るーむ~』(きC.0611)」

P24左
×「門瀬粗『とらぶるクリック!』(きC.0610)」
○「門瀬粗『とらぶるクリック!!』(きC.0610)」

P25
×「兄妹はじめました」
○「兄妹はじめました!」

P26タイトル
×「2006年冬~2007年夏」
○「2006年~2008年」

P26左
×「湖西晶『ソーダ屋のソーダさん』(ぱ.0801)」
○「湖西晶『ソーダ屋のソーダさん。』(ぱ.0801)」

P27
×「⑭『ふおんコネクト!』、『あっちこっち』 – 超高圧コミュニケーション空間の確立」
○「⑬『ふおんコネクト!』、『あっちこっち』 – 超高圧コミュニケーション空間の確立」

P27
×「⑮オタク的感性への過剰適応(1) – デザインの先鋭化、里見英樹を超えて」
○「⑭オタク的感性への過剰適応(1) – デザインの先鋭化、里見英樹を超えて」

P27
×「⑯オタク的感性への過剰適応(2) – パロディの先鋭化、自意識の現代化」
○「⑮オタク的感性への過剰適応(2) – パロディの先鋭化、自意識の現代化」

P28タイトル
×「2007年秋~」
○「2008年~」

P28左
×「丸美甘『生徒会のヲタのしみ』(ガ.0908)」
○「丸美甘『生徒会のヲタのしみ。』(ガ.0908)」

P28左
×「琴久花央『ぴよぴよえにっき。』(きC.1003)」
○「琴久花央『ひよぴよえにっき。』(きC.1003)」

P35右
×『トリコロ』(海藍)2巻 P82
○『トリコロ』(海藍)1巻 P78

P38左
×『トリコロ』(海藍)1巻 P33
○『トリコロ』(海藍)2巻 P82

P40左
×『ビジュアル探偵明智くん』
○『ビジュアル探偵明智クン!!』

P40
× ⑮オタク的感性への過剰適応(1) – デザインの先鋭化、里見英樹を超えてと⑯オタク的感性
への過剰適応(2) – パロディの先鋭化、自意識の現代化がここから進行していくわけですね。

○ ⑭オタク的感性への過剰適応(1) – デザインの先鋭化、里見英樹を超えてと⑮オタク的感性
への過剰適応(2) – パロディの先鋭化、自意識の現代化がここから進行していくわけですね。

P49
×「PONG PONG PONG」
○「PONG PONG PONG !」

P49左
×『キルミーベイビー』
○『キルミーベイベー』

P98右
×「InfiniteHolic」
○「InfiniteHOLiC」

P124
×「得意な萌え4コマ」
○「特異な萌え4コマ」

P248左
×「3.人口無能について 3.1 人口無能とは何か」
○「3.人工無能について 3.1 人工無能とは何か」

第2版

P179右
×「「新聞4コマ・ファミリー4コマが……社会の再生産と重なりあっている。」
○「新聞4コマ・ファミリー4コマが……社会の再生産と重なりあっている。(標準字体)」

P179右
×「マンガがより「文学的」になり「映画的」になっていったという発達史を……ひどく単線的で素朴な結論に収束させてしまってはいけないのである」(244P)」
○「「マンガがより「文学的」になり「映画的」になっていったという発達史を……ひどく単線的で素朴な結論に収束させてしまってはいけないのである」(244P)」

P180右
×「ネット発のチープな作品が……ライブ感だ。」
○(太字)

以上

『5M vol.04』

製作:サークルファイブエム

  • 責任編集:峰尾俊彦・卯月四郎
  • 編集協力・DTPデザイン:坂下大吾

5M vol.04 表紙

表紙イラスト:mot(http://www.anticycle.com/




5M vol.04 目次

特集 萌え4コマ的世界観が21世紀を支配する

  • ざら メールインタビュー ――超高密度萌え4コマ『ふおんコネクト!』はいかに描かれたか
  • 萌え4コマ10年史「まんがタイムきらら」と萌え4コマの歩み(やごさん×月読絵空)
  • 座談会 萌え4コマの表現と環境の系譜を追う!(やごさん×月読絵空)
  • 萌え4コマの現在 クリティカル・レビュー75
  • アニメは萌え4コマをいかに変換したか 萌え4コマ原作アニメレビュー×10
  • 形而上物理学演習/トータリィ・ディスコネクテッドなセカイの演繹アルゴリズム解析 ――ざら『ふおんコネクト!』について(月読絵空)
  • 不死身さと反復性――萌え四コマ試論(江戸屋猫八百)
  • 萌え4コマ的メタコミュニケーション時代の到来(Thir)
  • 座談会 おしゃべり純特化型萌え4コマ『ゆゆ式』解読 ――21世紀のコミュニケーションとその痛み(卯月四郎×月読絵空×峰尾俊彦×やごさん×夜鷹明)
  • 特殊相対性萌え四コマ論(もんすん)
  • エルドラドの火薬箱――『スケッチブック』の構造解析(真悠信彦)
  • 4コマはマンガ表現史を基礎づけるか? ――伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ』再読(やごさん)

特集外原稿

  • ラブコメ試論(藤原斎)
  • 『涼宮ハルヒの消失』評、その中心のわずかな余白に(よしこもり)
  • ヒューマノイドインターフェースは学園生活の夢を見るか(ななかな)
  • 対談 臨界点以後のエロゲー ――コミュニケーション・主人公萌え・ハーレム(八柾山崎×夜鷹明)
  • 世界/ セカイ/ ワールド ――オーガストについて――(夜鷹明)
  • オカルトに騙されないためのオカルト入門 第4回 カリオストロ伯爵、稀代の詐欺師あるいは…… (真悠信彦)
  • 弱者の癒学 第3回 孤独の円環、愛の連環(さぼてんヨーグルト)
  • 物語以降におけるキャラクターの成立条件について ――ラブプラスから考える(後藤檀)



サンプルページ(pdf)
「まんがタイムきらら」と萌え4コマの歩み
萌え4コマの現在 ――クリティカル・レビュー75
おしゃべり純特化型萌え4コマ『ゆゆ式』解読

さて遅くなりましたが『5M vol.4』の詳細な内容紹介をお届けしたいとおもいます。もはや内容紹介自体もかなり長いわけですが(笑)、告知でも書いたように本号は非常に硬派な論考、レビュー、座談会が揃いました。正直読者はついてこられるのかと非常に心配なところですが、このページを参考に興味があるところから読んでいってもらえたら幸いです。また一部サンプルページを掲載したのでご購入の際はこちらを参考に購入を検討してみてください。それと、一言だけいい添えておくと本誌では、読者の便と加えて実際に萌え4コマの世界を味わってもらいたいため、非常に多くのコマの引用を行いました。引用元の作者の方々に感謝すると、共に読者の方々はぜひぜひ引用されてるコマを読みながらいささかヘビーな議論をゆったりと追っていただければと思います。

「5M vol.04」特集「萌え4コマ的世界観が21世紀を支配する」の巻頭を飾るのが「ざら メールインタビュー ――超高密度萌え4コマ『ふおんコネクト!』はいかに描かれたか」である。
『ふおんコネクト!』は特集が示す「萌え4コマ的世界観」を最も先鋭的な表現で描き出している。圧縮された情報と通信環境、空間を埋め尽くすガジェット、ハイパーリンクの網の目のように繋がり合うキャラクターの行動――。
「ふおんコネクト!」は本特集の企画段階から道標となった作品なのだ。単行本1巻帯に書かれたキャッチコピー、「みんな、繋がってる?」の通り、本特集記事の編集を終えたとき、私たちはどの記事もこの世界観を共有していたことに改めて驚かされた。そして読者である私たちと、作者であるざら先生を繋いだのがこのメールインタビューである。

萌え4コマ10年史「まんがタイムきらら」と萌え4コマの歩み(やごさん×月読絵空)と座談会 萌え4コマの表現と環境の系譜を追う!は本特集の中核の一つをなす記事(年表+キーワード集+座談会)である。2010年現在、「萌え4コマ」は空前の活況にとなっている。1999年に連載を開始したあずまきよひこ『あずまんが大王』のインパクトを受け、萌え4コマをジャンルとして確立したのが2002年に創刊された「まんがタイムきらら」(芳文社)であり、以降多くの姉妹誌、4コマ誌が創刊され、萌え4コマの世界は様々な領域に広がった。しかし、「まんがタイムきらら」創刊当初はオタク層における4コマ誌の認知度は低く、その存続を危ぶむ声も決して少なくなかった。なぜ萌え4コマは現在のような活況を呈するに至ったのか?そこにはどのような試行錯誤があったのか?そして、「まんがタイムきらら」はいかにして『あずまんが大王』を乗り越えたのか?本記事ではそのような問題意識のもと、萌え4コマ10年史「まんがタイムきらら」と萌え4コマの歩み(やごさん×月読絵空)での年表形式による萌え4コマ10年史の記述と、その変遷を辿るキーワードの分析を行った。座談会 萌え4コマの表現と環境の系譜を追う!では萌え4コマに独自進化を促したその背景と力学について、世代の異なる2人の4コマ読者(月読絵空・やごさん)を中心とした座談会により、読者体験に基づき総合的な検証を試みた。

たった今萌え4コマが秘めている可能性――それらを可能な限り網羅し、汲み尽くすためのレビューが「萌え4コマの現在(イマ)――クリティカル・レビュー 75」である。
「萌え4コマ」らしさを極限まで体現する作品、「萌え4コマ」と外部の境界を揺らがす作品。ジャンルの輪郭を描き出すことを目的とし て、75作品を選定しレビューを行った。萌え4コマ体験をほとんど持たない読者も、このレビューによって現在の萌え4コマというジャンルの眺望が ヴィヴィッドに伝わるように書いたつもりである。
一方で、異常な思考密度と刺激的な文体によってもはや1つのエンターテインメントと化したレビュー群は、萌え4コマを熱心に追う読者から見ても、新しい切り口が沢山含まれていることだろう。なお、萌え4コマ作品の多彩な属性を可能な限り 伝えるため、分類タグ・一押しコマを付けておいた。作品開拓の際には利用していただけると幸いである。

萌え4コマというジャンルの浸透は近年のアニメ化ラッシュを抜きにしては語れない。
しかし形式の変化によって作品内容の表現方法が変換されるのはもちろんだが、そもそも作品の別のメディアへの移し替えとは作品に一つの解釈を与えることである。そこで原作の一体何が強調され、あるいは捨象されたのだろうか。
「アニメは萌え4コマをいかに変換したか――萌え4コマ原作アニメレビュー×10」では萌え4コマ原作のTVアニメ10作品をレビューするが、それらを単に1本のアニメとして論じるとともに、萌え4コマがアニメ化に際していかに変形、あるいは解体&再構成を施されたのかということに注目する。
それによってアニメの側から原作が逆照射され、萌え4コマというジャンルの特性もより明確になるだろう。

さてここから特集の論考はの紹介に入る。本特集の巻頭を飾るのは月読絵空「形而上物理学演習/トータリィ・ディスコネクテッドなセカイの演繹アルゴリズム解析 ――ざら『ふおんコネクト!』について」だ。この論文はタイトルからもわかるように、本誌の巻頭でインタビューを試みたざらの『ふおんコネクト!』を徹底的に読みきった約二万字の力作論文である。『ふおんコネクト!』の魅力とは何か。月読はそれを『ふおんコネクト!』がいかに「萌え4コマ」というメディアを上手く運用しているかを示すことによって読解していく。ゆえに読者は『ふおんコネクト!』の読解を味わいつつ「萌え4コマ」というジャンルのクリティカルポイントを押さえることがでくるだろう。
だが月読の試みはそれ以上に野心的である。彼は『ふおんコネクト!』をさらに広いパースペクティブに接続していく。月読は、『ふおんコネクト!』の登場人物、特に三日科交流を完璧超人であるゆえにその自我が崩壊寸前な悲劇的な存在として解釈する。それは全てがディスコネクテッド(接続不能)でありながら、世界をコントロールし、幻想を貼り合わせ、人と人が、出来事と出来事がコネクト(接続)している「かのように」見せかけるテクノロジーと能力だけが過剰に発達した世界に生きる交流が「壊れる」ことを防ぐための闘争=計算の記録なのである。ここには「萌え4コマ」化した21世紀の世界に生きる私たちの主体の一つの雛形がある。そしてその壊れゆく主体を「ハッキング」する存在として月読は「奇跡」の「計算」者たるざらという「作家」を見出すことになる。
執筆者の月読絵空について一言添えておこう。本特集の背景には様々なコンテクストがからんでいるが、本特集の制作が可能だったのは本論文の執筆者である月読絵空の存在が非常に大きい。それは彼が多くの企画に執筆者や発言者として八面六臂の活躍をしたという事実だけでない。私たちが月読絵空という若き才能と同じ空間を共有し、その魅力に打たれ、感染していくことによってはじめて本特集のコンセプトを想像することが可能になったのだ。ゆえに、彼は大げさに言えば一種の「思想家」として本特集を牽引していったと言っても過言ではない。また彼のテクストには独特の「文体」を持っていることを留意すべきだろう。様々な引用や独特のリズムで書かれる文章はまさに彼の思想それ自身をパフォーマティブに示していると同時に新世代の「批評」のスタイルを垣間見せている。

江戸家猫八百「不死身さと反復性――萌え四コマ試論」は萌え4コマを通してキャラクターと物語の性質について論じている。大塚英志は手塚治虫以降のまんが表現においてキャラクターの「死」を特権的に位置づけたが、近年それに異議が唱えられている。東浩紀が「ゲーム的リアリズム」という言葉である種名指すものは大塚の「まんが・アニメ的リアリズム」の修正であり、キャラクターの不死性である。キャラクターが不死性を持つとき、物語もまた変容を免れ得ないだろう。
そして江戸屋猫八百は、東浩紀が「ゲーム」を背景にした小説を論じたのに対し、キャラクターの不死身さと「反復」する物語の性質を大沖の『はるみねーしょん』のような萌え4コマに即して語る。ここで鮮やかに描かれる新しい物語の性質はあまりにも完璧で絶望的なものとなっている。しかし、その絶望にこそ物語の、そして批評の可能性を垣間見ることができるのだ。

Thir「萌え4コマ的メタコミュニケーション時代の到来」は、萌え4コマにおいてしばしば批判の対象とされる「内容のないおしゃべり」から、象徴秩序の失われた現在社会におけるコミュニケーション像を見出す。内容ではなく、コミュニケーションしているという事実それ自体を消費すること によってコミュニケーションとしての安定性を保つ時代。それが現代なのだ。そして萌え4コマにおいてコミュ二―ケーションを通じてキャラクター 同士の関係性が紡ぎだされるとき、それはしばしばメタ・コミュニケーションの顕在化、すなわち「脱臼」という形をとる――。
この論文は、本特集タイトルが示す「萌え4コマ的世界観」を、現代思想の水準から読み解き、その世界観に論拠を与えるものである。

おしゃべり純特化型萌え4コマ『ゆゆ式』解読は、今非常に注目を集めている三上小又『ゆゆ式』を5Mのメンバーたち(卯月四郎、月読絵空、峰尾俊彦、やごさん、夜鷹明)が徹底解剖する座談会。女の子がおしゃべりしているだけの作品ばかりと揶揄されることもある萌え4コマの中でも本当に女子高生3人の会話だけをひたすら描いた『ゆゆ式』は極北に位置する作品と言える。「ゆとり」、「ゆるい」といった売り文句に反し、そこで繰り広げられるコミュニケーション描写の密度と精緻さはしばしばあまりに鋭利な印象を与え、その世界はときにディストピアの色彩さえ帯びる。この座談会では現在の萌え4コマというジャンルの逆説が畳み込まれたような『ゆゆ式』という作品をその歴史的位置付けから細部の技法まで語り尽くす。

もんすん「特殊相対性萌え四コマ論」は「萌え4コマ」のジャンルの特性を分析した「表現論」であるととりあえずは言える。しかし、本論文の真骨頂は萌え4コマのシステムの挙動がこの世界のシステムの挙動と不意に重なってしまうことを描くことにある。本論文では、萌え4コマの特性として語られる特殊な時間性が語られる。もんすんによればその萌え4コマの特殊な時間性は、逆に萌え4コマが「時間」を作るのに足る仕組みが欠如しているからこそできあがる。だが、それは人間が結局時間の正体を掴むことができないことと全く同じなのだ。そして、彼は、最終的にはさらに飛躍し人間の主体の時間生成のみならず法、政治、文化の新しいヴィジョン(例えば民主義2.0や安藤馨の統治功利主義論)すら萌え4コマのシステムが映し出すヴィジョンと実は相似形であることを示す。世界は萌え4コマが駆動するように駆動する。それは「萌え4コマ的世界観が21世紀を支配する」というコンセプトを見事に体現している。

真悠信彦『エルドラドの火薬箱――『スケッチブック』の構造解析』はテレビアニメ化もされた人気作品である小箱とたん『スケッチブック』(マッグガーデン)をマンガとアニメの二つのメディアの視点から論じた二万字超の力作論考。
私たちはフィクションのうちにしばしばユートピアを見出す。しかしそれが心地良い 世界であるということはそこに何かキナ臭いものが覆い隠されているということではないか?
『スケッチブック』もまたコミュニケーションの摩擦が ほとんど生じないゆるやかな共同体のユートピアを構築している作品だが、巧妙な構造によって様々な要素がそこから排除され、さらにその排除が我々 読者から隠蔽されていることをこの論考は明らかにする。『スケッチブック』の世界がいかに様々な仕掛けの上で成立しているのかを知ることで、我々は萌え4コマの描き出す世界像を素朴に賞賛することも逆に批判することもできなくなるだろう。どのようなメカニズムがそこで働いているのかを知ることから しか何も始まらない。

特集の最後を飾る、やごさん「4コマはマンガ表現史を基礎づけるか? ――伊 藤剛『テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ』再読」はタイトル通り、マンガ表現論・キャラクター論において重要な位置を占める伊藤剛の著作を徹底的に「再読」し、その中で4コママンガが果たす役割に着目する。そしてそこから対話が始まる。
4コマを触媒として『テヅカ・イズ・デッド』に自らを語らせる。そしてそこで得られた成果を4コマ読解にフィードバックする。4コマという形式の定形性からそこに入る内容の変化を観察し、その内容が形式をどのように変えてきたかを導いていく。
本誌中最もマンガ論の文脈を正確に見据えるこのまたしても二万字超の力作論文はマンガ論史に確かな一歩を刻むだろう。

次に特集外の記事についても紹介しておこう。特集外記事の巻頭を飾るのは藤原斎の「ラブコメ試論」。「ラブコメ試論」は2号に掲載され本サイトでも公開中の「ファクトリー文学論」の延長線上の文章。藤原はいわゆる新人賞に投稿する「ワナビ」をテーマにして、ライトノベルが生成する環境に迫る。なお本論に関しては藤原の個人ブログ「らのかの」のエントリなども参照されたい。

よしこもり「『涼宮ハルヒの消失』評、その中心のわずかな余白に」は今年公開され好評を博した劇場アニメ『涼宮ハルヒの消失』論。『消失』を論じるのにストーリーや状況論以外のことを中心に述べる作品評は多くない中、この論考は『消失』というフィルムへとあくまで映像表現の次元において近づいていく。TVアニメの時点で映 画というものが重要な位置を占めていた『涼宮ハルヒの憂鬱』だったが、実際の劇場作品である『消失』を「見ること/為すこと」という対比を軸に分 析していく文章は、我々にとって「映画を観る」とはどのようなことなのか、あるいはとりわけ「『消失』を観る」という体験は一体何だったのかとい うことを考える上での道標となるだろう。

上論考は『涼宮ハルヒの消失』という作品、それも劇場版に絞っての作品論だったが、つづくななかな「ヒューマノイドインターフェースは学園生活の夢を見るか」は同じく『消失』を中心に論じていてもアプローチは大きく違い、こちらは主に原作に依拠しつつシリーズを通して長門有希というキャラクターの位置付けがど のように変化していったのか追跡する長門論である。SFにおいてしばしば描かれるアンドロイド像と比較して長門がどのように特異な存在なのかということをヒントに、我々にとって長門がいかに「真のヒロイン」へ、そしてハルヒシリーズがいかに「長門有希のための物語」へなりえたのか論じられる。その冷静な考察の中にも我々は長門有希というキャラクターへの真摯な愛を見出すかもしれない。

以下の対談と座談会は「エロゲー」をめぐるものとなっている。かつて元長柾木によって「21世紀を支配する」とされたエロゲーだが、ゼロ年代後半のエロゲージャンルは、エロゲー自体の衰退とエロゲー的世界観 の拡散、という言葉で括られる程度で、ジャンルとしての流れを体系的に顧みられることはかつてよりずっと少なくなった。そんな「エロゲー」の現在 の状況を分析しようと試みるのが八柾山崎×夜鷹明「臨界点以降のエロゲー ――コミュニケーション・主人公萌え・ハーレム」である。
増大する ボリュームと、その反動としての低価格作品の隆盛。「いちゃラブゲー」「コミュニティもの」に代表されるコミュニケーション志向のシナリオ、そしてかつて透明だった「主人公」が浮き上がっていく流れ……と、2人はゼロ年代後半におけるエロゲーの流れを概観していく。
対談全体を通しての問題意識は、(かつて「雫の時代」として語られた時代のそれが不可能になった現代において、)プレイヤーとキャラクターの関係を新しくどう取り結んでいくかということ。キャラクター論における最も重要な問いが、エロゲーにおいて未だ(むしろ今こそ)刺激的に、そしてある意味極めて純的な形で展開されているのだと、この対談は思い知らせてくれる。

対談「臨界点以降のエロゲー」において「ゼロ年代後半を代表するブランドをひとつ 挙げろといわれたらここになる」とされたメーカー、オーガストについての本格的な論考が夜鷹明「世界 / セカイ / ワールド ――オーガストについて」だ。
「ストーリーと文体の分析」=「文学的」なエロゲー論に慣れ親しんだ読者の目には、この評論は恐らく相当奇妙なものに映るだろう。立ち絵表現と作品を支配するモチーフ、その2つの分析を往復しながら弁証法に進んでいく議論。
しかし、この論考を読み終えた読者なら同意してくれるだろうが、その議論のスタイルこそが2010年においてエロゲーを論じる上で必要不可欠な手続きなのだ。「キャラクター」と「物語」の概念を根底から組みなおし、世界(=「ワールド」!)自体が創り上げられていく過程をあなたは目にすることになるだろう。

次の二本の論考は連載の続きである。真悠信彦「オカルトに騙されないためのオカルト入門 第4回 カリオストロ伯爵、稀代の詐欺師あるいは……」はアレッサンドロ・ディ・カリオストロ伯爵について語っている。
日本では宮崎駿の『ルパン三世 カリオストロの城』で名前だけを知られるカリオストロはフランス革命の時代、ヨーロッパ激動のときに活躍した「錬金術師」だった。
もちろん彼は黄金を作ることも永遠の命を与えることもできなかっただろう。しかしこの実体のない詐欺師を信じ た人々を単に愚かであるというわけにはいかない。土くれのような存在から黄金になった、ナポレオン・ボナパルトという男が実際に存在したのだから。
真悠信彦はカリオストロを通して彼の生きた時代、そしてオカルトに惹かれずにはいられない人間の精神を描き出す。

さぼてんヨーグルト「弱者の癒学 第3回 孤独の円環、愛の連環」は田中ユタカ『愛人』を取り上げ、愛について語っている。さぼてんヨーグルトのテキスト は批評にありがちな、作品から遊離している感とは無縁である。作品の上に立つのではなく降りていき、キャラクターの息遣い、作者の筆の運び、物語 の軋みを温かな風に乗せて読者に伝える。
この文章そのものが文中で『愛人』について語られているのと同じ「人を愛することの尊さ」を「ひたすら丁 寧に描いた」テキストになっているのだ。現代は加速された社会であり、味気ない言葉が世界を覆っている。そして言葉の貧困は心を貧困にする。その中でこの文章は読者の渇いた心に染み渡る一滴となるだろう。

本誌の巻末を飾るのが後藤檀「物語以降におけるキャラクターの成立条件について ――ラブプラスから考える」である。驚くべきことに執筆者の後藤は高校を卒業したての18歳。だが本論文はその年齢を忘れてしまうほど明晰かつ非常に優れた論文となっている。まさに驚異の書き手の誕生と言っていいだろう。本論が論じるのは2009年にニンテンドーDS用のゲームとして発売され大きな話題となった『ラブプラス』である。後藤は18歳の若さにも関わらず、東浩紀や濱野智史といった論者の議論をしっかり咀嚼し『ラブプラス』の魅力とその欠陥について鋭く論じる。後藤は、『ラブプラス』が同時代の優れたキャラクター表現にあったような「予測不可能性」や「偶然性」が欠如していることを抉り出し、その限界を見定めている。
だが、本論は以上のような『ラブプラス』の優れた分析にはとどまらない。言うまでもなくこれだけならば「驚異」には値しない。後藤が示す「驚異」はその先にある。すなわち、本論文が優れているのは、彼が依拠している東や濱野の議論への「抵抗」にこそある。後藤がかろうじて示そうとするのは東や濱野が称揚する二次創作への依存なしに「偶然性」を確保する困難な試みである。キャラクター表現に強度をもたらす「偶然性」を確保するには、二次創作が手っ取り早い。しかし、後藤はそれに「否」を突きつける。後藤の透徹した美意識において二次創作をし、それを楽しむことはキャラクターへの愛に値しない。後藤にとってキャラクターへの愛とはたった一つの世界で唯一の存在を愛すること、つまりキャラクターをたった一人の自分の「彼女」にすることに他ならない。そして、『ラブプラス』でもなく二次創作でもない道を選択しようとする後藤が辿り着いたところとは?それは本論を実際に読んみて確かめて見て欲しい。そこには、キャラクターへの愛の「最果て」が示されていると言っても過言ではない。

『5M vol.04』

製作:サークルファイブエム

  • 責任編集:峰尾俊彦・卯月四郎
  • 編集協力・DTPデザイン:坂下大吾

5M vol.04 表紙

表紙イラスト:mot(http://www.anticycle.com/




5M vol.04 目次

特集 萌え4コマ的世界観が21世紀を支配する

  • ざら メールインタビュー ――超高密度萌え4コマ『ふおんコネクト!』はいかに描かれたか
  • 萌え4コマ10年史「まんがタイムきらら」と萌え4コマの歩み(やごさん×月読絵空)
  • 座談会 萌え4コマの表現と環境の系譜を追う!(やごさん×月読絵空)
  • 萌え4コマの現在 クリティカル・レビュー75
  • アニメは萌え4コマをいかに変換したか 萌え4コマ原作アニメレビュー×10
  • 形而上物理学演習/トータリィ・ディスコネクテッドなセカイの演繹アルゴリズム解析 ――ざら『ふおんコネクト!』について(月読絵空)
  • 不死身さと反復性――萌え四コマ試論(江戸屋猫八百)
  • 萌え4コマ的メタコミュニケーション時代の到来(Thir)
  • 座談会 おしゃべり純特化型萌え4コマ『ゆゆ式』解読 ――21世紀のコミュニケーションとその痛み(卯月四郎×月読絵空×峰尾俊彦×やごさん×夜鷹明)
  • 特殊相対性萌え四コマ論(もんすん)
  • エルドラドの火薬箱――『スケッチブック』の構造解析(真悠信彦)
  • 4コマはマンガ表現史を基礎づけるか? ――伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ』再読(やごさん)

特集外原稿

  • ラブコメ試論(藤原斎)
  • 『涼宮ハルヒの消失』評、その中心のわずかな余白に(よしこもり)
  • ヒューマノイドインターフェースは学園生活の夢を見るか(ななかな)
  • 対談 臨界点以後のエロゲー ――コミュニケーション・主人公萌え・ハーレム(八柾山崎×夜鷹明)
  • 世界/ セカイ/ ワールド ――オーガストについて――(夜鷹明)
  • オカルトに騙されないためのオカルト入門 第4回 カリオストロ伯爵、稀代の詐欺師あるいは…… (真悠信彦)
  • 弱者の癒学 第3回 孤独の円環、愛の連環(さぼてんヨーグルト)
  • 物語以降におけるキャラクターの成立条件について ――ラブプラスから考える(後藤檀)



サークルファイブエムでは、本年5月23日大田区産業プラザPiOにて開催される「第十回文学フリマ」(頒布場所:U-18)にて、『5M vol.04 特集:萌え4コマ的世界観が21世紀を支配する』を1000円にて頒布致します。

『5M vol.04』の特集は萌え4コマです。明らかにゼロ年代において重要なコンテンツであった「萌え4コマ」を、180ページ以上にわたって解剖しつくした本特集はまさに萌え4コマ論決定版というデキになっております。『ふおんコネクト!』のざら先生のインタビューなど萌え4コマファンの脳天を直撃するコンテンツを大量に掲載しているのでご期待下さい。

さらに特集外原稿を加えると本号はなんと全部で256ページ(!)という特大ヴォリュームととなってます。正直作っている我々もまさかここまで分厚くなるとは思ってもみませんでした。3万字超えの対談、座談会や、2万字超えの論考がバンバンあるという異様な密度を持った本になっていますので、萌え4コマに関心があるかどうかは度外視してとにかく「アツい」批評を読みたいんだ!というコアな評論ファン読者もぜひぜひご期待ください。

文学フリマ当日では是非ともお手に取っていただければ幸いです。



さて、上で書いたようにあまりにも紹介する原稿が多すぎるので各原稿の詳細については、今後当サイトにて順次アップしていく予定です。更新をお楽しみに!